英語教育

「幼児期からの英語教育は"必要"か?」と聞かれたら「"必要"ではない」。音楽や絵画や製作と同じで、幼児期からやらなくても死なない。十分に生きていくことはできる。大人になっても努力すればある程度は習得できる。でも、なるべく早く学習して身につけた方が人生の可能性が広がる。人生が豊かになる。これはどう頑張ってもスマートには否定できないだろう。

「AIの翻訳機能が発達したら、自分で身につける必要はなくなる」という意見もある。確かに"必要"はなくなるかもしれない。でも逆に、翻訳してくれる機械を持ち歩く必要は出てくるし、充電やネット環境のことだって考えなきゃいけない。タイムラグも発生する。これら全てがいずれ解決される時がくるかもしれないけど、今すぐじゃない。最低5年とか10年とか言われている。

しかも、いくら翻訳機能が発達しても、それは「翻訳」でしかありえない。完璧な翻訳は存在しない。多分論理的に証明できる。英語を習得するということは、loveを愛ではなくloveのまま、yellowを黄色ではなくyellowのまま、hamburgerをハンバーガーではなくhamburgerのまま理解できるということ。ネイティブの文脈で世界を捉えられるということ。awesome!fuck!Jesus!をそのまま使えるということ。洋楽だって、言葉=音のまま聴くことができる。

何歩か譲って翻訳に頼ることを選ぶとしても、英語ができないと良い翻訳と悪い翻訳を見分けることはできない(分かりやすさと正しさは別問題)。 ニュアンスが大きく歪められたままコミュニケーションをとっていることに気づけない。自分のフィルターにそのまま通すことができれば理解できることを、機械のフィルターに通すことで理解できなくなる可能性は大いにある。このリスクを、テクノロジーがゼロにできるだろうか。

できない。

と本当は言いたくてこの記事を書き始めたけど、いつかできちゃう日が来そうだなぁ。赤ちゃんが生まれてへその緒を切ると同時にチップを埋め込んだりして、言語という媒体を用いなくても相手の脳内がそのまま伝わってくる時代が来ても全然不思議じゃない。「言葉の使用」そのものが趣味や贅沢になるかもしれない。信じられないことが実現するのが世の常。

なので、今は「英語はできた方がいい」と言い切れるけど、10年後も言い切れる保証はない。私は英語教育をビジネスにしてるわけじゃないので、危機感というよりは希望を感じる。純粋に未来が楽しみで仕方ない。ワクワクする。


私自身、英語を習得したことで爆発的に世界が広がった。10年前に猛勉強した高校生の自分を心から褒め称え、サポートしてくれた環境に感謝している。でもだからって「必要だからみんな英語できた方がいい」とは思わない。その理由を今つらつらと書きながら考えた次第。

とりあえず、英語は早くからやっといたら得ですよ、というのが今の時代の答えじゃないだろうか。