空港の本屋

昨日はジバンシィ氏が、今日はホーキング博士が亡くなった。立て続けに世界は偉大な人を失った気がする。


ホーキング博士が『ホーキング、宇宙を語る』を出版した時、「私の当初の狙いは、空港の本屋で売られるような本を書くことだった」と語ったという(ロイターからの引用)。

この発言にはハッとした。

これまで自分が立ち寄ってきた数々の空港の本屋が次々と頭に浮かんできて、確かに「空港の本屋」って世界中どこでも似たような品揃えだと気づいた。いや、少し考えればマーケティング戦略的に当たり前なんだけど、これまで「空港の本屋」って一括りにされたのを見たり聞いたり考えたりしたことがなかったので、全部別々の本屋だと認識していた。ホーキング博士の発言でそれらが「空港の本屋」という一つのカテゴリーに収まった。


言われてみればほんと絶妙なんだよなぁ空港の本屋。思えば思うほど絶妙。駅の本屋みたいにインスタントな本もあれば、腰を据えて読むような濃密な本もある。外国語で書かれた本ももちろんある。自分の本棚だったら絶対に隣に並べないような本たちが、無理やり狭い店内で同じ棚に並べられているカオス。

今ここで買った本が、果たして空の上や行き先の土地にうまく馴染むだろうか、と考えながら旅のお供を慎重に選ぶ人もいれば、「今の気分はこれ」と衝動的に買う人もいるだろう。

共通してるのは、「買ったらすぐに読む」ということ。いつか読みたい、と積ん読本をわざわざ空港で買う人はいない。普段は読めないような濃密な本も、今からだったら読めるかもしれない、と思わせる魔法があるように思う。


そう考えると、「空港の本屋で売られるような本」って、何でも良さそうで実はかなり選抜されてるんじゃ。「空港の本屋で売られるような本を書く」ってとても高い志だと思う。良い目標。


でもそれを言ったホーキング博士は死んでしまった。

言葉は死なない。

これから空港の本屋に行くたびに、ホーキング博士を思い出すだろう。

今すぐ行きたい気分だけど、簡単には行けないんだよなぁ空港の本屋。できれば国際線の、保安検査や出国審査を終えてからでないと行けない、あの"どこの国でもない"本屋に行きたい。