大いなる外部でもピュシスでも何でもいいけど、とりあえず、いつどこに何が存在しようとも変わらずに実在する「世界」のようなものはあって、その「世界」は一と多が互いに包み包まれながら在って、「”私の”世界」みたいに誰かが所有することはできない。所有しようとした時点で「世界」は狭くなる。逃げる。つまらなくなる。

 

ソートイ『素数の音楽』を、少し時間をかけて読んだ。

素数の音楽 (新潮文庫)

素数の音楽 (新潮文庫)

 

数学が見ている「世界」がどんな風景なのか、それが音楽や物理学とどうリンクしているのか、理解できた。

「世界」を表現する手段として、「数」はかなり優秀なのではないか。人間が話している言葉よりも、動物が発する鳴き声よりも、なによりも先に数はあって、数の発見って人類の歴史の中でも非常に重要なポイントなんだと腑に落ちた。

虚数の発見は、世界の表と裏の発見だと思う。だとしたら、世界は果たして表と裏だけなんだろうか。画期的な数が新たに発見されて、飛躍的に解像度が上がる時がくるかもしれない。リーマン予想がいつ証明されるか誰にも分からないみたいに、そういうことも誰にも分からない。

 

神はいない。だからおもしろい。